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いのちを救い、支える場所をめざして -神奈川県立こども医療センターNICUの例-

患者さんは時に、病院を離れた後も病気や障害とともに生きることがあります。
命を救うだけではなく、病気や障害とともに生き続けていく力をつけられるような場所を目指した病院づくりについて、神奈川県立こども医療センター豊島 勝昭 先生にお話を伺いました。

神奈川県立こども医療センター豊島 勝昭 先生

[お話しいただいた先生のご紹介]
豊島 勝昭 先生:神奈川県立こども医療センター新生児部長
1994年に新潟大学卒業後、神奈川こども医療センター新生児科に就任し、2022年より現職。周産期医療ドラマ「コウノドリ」の医療監修を担当するなど、周産期医療の発展に日々尽力する。


NICUという場所

神奈川県立こども医療センターではNICU(新生児集中治療室)を増床するにあたり、「赤ちゃんの命を救うNICU 」から「赤ちゃんが加わる家族全体を救い支えるNICU 」を目指して、改築プロジェクトがスタートしました。
 
NICUは、病気や障害とともに生きることになるかもしれない赤ちゃんのご家族との出会いから診療が始まります。
ご自身やご家族、大切な人が、「あなたの赤ちゃんには重い障害が残るかもしれない」と言われたとしたらどうでしょうか。妊娠を続けるかどうかを決断しなければならないとしたら、どうでしょうか。
 
我が子が死んでしまうかもしれない、助かっても障害とともに生きることになるかもしれないと言われたご両親が、NICUや新生児病棟で治療を受けています。

親子の愛情を育てる

集中治療を受けている生まれたばかりの赤ちゃんは、沢山のチューブが体に差し込まれ、人工呼吸や輸液をしている様子が痛々しく見えることもあります。

しかし、その小さな手がお母さんやお父さんの指をぎゅっと握り「小さくても生きているんだ」と感じた時、何とか助かって欲しいという気持ちがどこからともなく湧いてきたというご家族の言葉は多いです。NICUに入院していても、一緒に過ごす時間の中で、だんだんと一緒に生きていきたいという気持ちが育っていくと思えます。
 
早産低出生体重で生まれた赤ちゃん達の救命率は高くなっています。
一方で、命が助かるようになったからこそ明らかになってきた課題もあります。
 
1500g未満で生まれた赤ちゃんの約3人に1人は自閉症スペクトラムやADHD(注意欠陥多動性症候群)、アスペルガー症候群などの発達特性がみられ、これは正期産児の約3倍です。

発達遅滞がないとされる、発達指数が85を超える人が50%を超える出生時の体重は700g前後です。出生体重児が小さければ小さいほど、生後の精神発達に影響がでます。
また、重症の場合は胃ろうや気管切開、在宅呼吸器などの医療的ケアを必要としながら退院することもあります。
 
命を助けることはもちろん大事なことですが、救われた後に生きづらさを感じる子どもやご家族がいることも事実です。生きづらさを感じることが少なく生きていける居場所を作れるように、子ども達とご家族を支える医療の必要性が高まっています。

養育レジリエンスを高めるNICU

誰にでも得意なことや不得意なことがありますが、得意なことと不得意なことのアンバランスさが大きい子ども達が困り感を感じれば、発達障害(神経発達症)という診断がつくことがあります。困り感がなければ発達障害(神経発達症)の診断にはなりません。

自閉症スペクトラムのこだわりが強い発達特性があっても、「集中力や根気強さがある」という長所になって社会で活躍している人達もいます。気が散りやすい注意欠如多動症候群(ADHD)の発達特性がいろいろなことに興味を持ちマルチタスクができることに活きることもあります。

得意・不得意なことに差が大きかったり、こだわりが強かったり、落ち着きがない発達の特性があると、二次障害を起こしてしまうことがあります。家族や友人との生活の中で不便さを感じたり、周囲との関わりのなかで自信をなくしたり、自己肯定感が下がったりといった問題です。

二次障害を起こさないためには、家族の養育レジリエンスが大事と考えています。養育レジリエンスとは、その子の特性や困ったときの対応を理解して、その子ができることに気づき、前向きに育児し、社会的支援を上手に活用できるといった家族力と考えていいと思います。

子どもを取り巻く環境は、幼稚園や小学校などどんどん変化していきます。それぞれの場所で出会う人、社会的応援者を上手に頼れるご家族ではご家族自身のストレスも減るので、子どもの育児にとっても良くなります。
 
ご家族の養育レジリエンスも高まるような場所にしたいという思いから、赤ちゃんを救うだけでなく、家族全体を救い支えるNICUを目指して改築しました。

NICU改築の3つのコンセプト

NICU改築の3つのコンセプト
① すべてのNICU病室のスペース拡大とモデルチェンジ
② 家族同室もできる個別化NICU(6床)の設置
③ 新生児、家族、スタッフの各自に適した空間環境づくり

① すべてのNICU病室のスペース拡大とモデルチェンジ

改築前と同じ空間で病室スペースを広くするためには、他の場所を削減しなければなりません。そこで、これまであった面会室や搾乳室をなくし、ベッドサイドで家族が過ごせるようにしました。また、搾乳も赤ちゃんの側でできるようにすることで、母乳などが分泌しやすくなる効果を期待しています。
 
以前は赤ちゃんと触れ合うために椅子がある部屋まで移動していましたが、改修後は全てのベッドにリクライニングチェアを常設しました。固かった椅子も、帝王切開や産後のお母さんが長く安定して座れる、人工呼吸器や輸液の管などが差し込まれている赤ちゃんを安定して抱っこできるものにしました。

リクライニングチェアを使いまわさないことは感染対策になります。なにより、ご家族様のリクライニングチェアを常に置いておくこと自体がご家族に対する「いつでも面会歓迎です」というメッセージになります。
 
治療に必要な電気や医療ガスの配管は、医療者の利便性から通常天井からの吊り物や柱をつけて供給します。しかし改築後のNICUでは、配管などは壁型にして家族に圧迫感を与えないようにしました。医療者は病棟の遠くまで見通せるようにもなりました。
パーティションを利用して、感染対策とプライベートな空間づくりを臨機応変に行っています。

見通しのよいNICU

② 家族同室もできる個別化NICU(6床)の設置

多くの時間を家族と一緒に過ごすことで、赤ちゃんの成長と発達は早くなります。
改築にあたり、家族で過ごせるファミリールームを増やした他、家族滞在型NICUカルガモルームを6床新設しました。

カルガモルームには産後のお母さんが横になってゆっくり面会できるように成人用のベッドも置きました。ご両親が産後すぐから治療を受ける赤ちゃんと一緒に過ごすことができる、母児のベッドを並んで配置した日本で始めてのNICUです。

実際に、重い病気がありながらも覚悟をもって出産された方が使用されました。生まれた当日に記念写真を撮ったり、お母さんと赤ちゃんが一緒に寝たり、兄姉と過ごしたりしました。赤ちゃんが手術にいくときもご家族に見守られ、赤ちゃんの頑張りをご家族に伝えられるNICUとなりました。
 
両親が赤ちゃんと長く面会するためには、お兄ちゃんやお姉ちゃんもNICUに一緒に入れるようにしなければ成り立ちません。また、病気の赤ちゃんも元気なきょうだいと会うことで喜びますし、きょうだいが一緒にいるとご両親の表情も良くなります。
以前は退院した赤ちゃんを連れて帰ることをためらうご家族もいましたが、活発に面会を行うことで早く連れて帰りたいという人が増えました。
 
ご家族がたくさん面会できるよう、昼食がとれるスペースやきょうだいが遊べる待合、合間にテレワークできるようなコーナーも設置しました。

③ 新生児、家族、スタッフの各自に適した空間環境づくり

日本のNICUは、胎内となるべく同じ環境にするために一日中暗く静かにすることが多いです。そうすると、スタッフやご家族もずっと暗いところで過ごすことになってしまいます。

一方、赤ちゃんも胎内で日内変動を感じているため、日内変動があったほうが低体重児の成長が良いという研究報告があります。
そこで、新しいNICUではしっかりとした明暗環境をつくることにしました。
 
お産には昼も夜もないため、NICUは不夜城のように夜も煌々と明かりをつけていることが多いです。そのため、昼間は窓から自然光をいれて明るくし、夜はしっかり暗くしました。

季節を感じづらい集中治療室でしたが、桜が見られるなど季節を感じられるようにし、スタッフも長期入院するご家族も緑や桜を感じながら過ごしています。
また、窓がないところにも自動調光システムを取り入れ、外と同じ変動をつくりました。
夜の作業時には、他の赤ちゃんが起きないようにスポットライトで一部を照らすなど、空間を光で切り分けています。

おわりに

NICUは集中治療(=命を救う)と発達支援(=家族全体を救い、支える)の場所にしていきたいです。
「こういうNICUをつくりたい」と発信して、実際に全国から寄付が集まったのは、共感するNICU退院の患者家族が多かったからかもしれません。
これからもよりよいと思う病院、集中治療室の環境づくりを多くの方と一緒に考え、実現していきたいと思います。


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